加藤りつこ(お母ちゃん)との最初のメール

初めてmail差し上げます。

私は広島市在住の加藤りつこと申します。1995・1・17に発生した阪神淡路大震災で一人息子の貴光を亡くした母親です。昨夜、実妹の自宅で夕食を済ませ、いつものように、貴光関連の情報をネット検索して貰っていました。実は私はパソコン操作が出来なくて、いつも、妹や友人たちに頼って情報入手していますので、なかなかタイムリーに情報がキャッチ出来ません。この度も、久しぶりに妹宅を訪ね、検索してみたところ、たまたま開いたブログで、あの手紙の詞に曲をつけてくださった方が居ることを知り、大変な衝撃を覚えました。何て素晴らしい曲なんでしょう!愛あふれんばかりの優しさ、温もり、知性、また、枠に縛られない大らかさ・・・

世界が平和への一途を辿れる為に、息子、貴光は自分が成し得る全ての英知と、肉体をもって命がけで生涯の仕事として生きることを決意したのが、高校1年の入学間もない頃でした。湾岸戦争が勃発した1991・1・17を機に、その決意は彼の揺るぎない目標となったようです。それから、丸4年後に自分の命が断たれることなど、想像すら出来ないままに、勉学に国際交流に打ち込んでおりました。奇しくも、1/17は彼が生きる途を決意した日であり、その志を半にして次の世へ旅立った日でもあるのです。穏やかな性格でありながら、鋭い目と耳を持ち合わせた人間でした。多勢の中でも、筋道を立て思考、熟考し、『No』の言える日本人でした。

私は自分の息子としてだけではなく、一人の頼れる日本人、地球人を失ったことの無念を抱えて今を生きています。奥野勝利さんの曲作りを知り、あなたの命の在り方が見えたような気がしました。あなたが日本を離れていらっしゃった間に、国の情勢も、文化も、人情も変わってしまいましたが、変えたくない人間も多く居ます。ただ、この利己主義、合理主義、が横行してしまっている現在、古き佳き時代を夢見て生きる人間は、その砂漠の砂に埋没しているのです。私は一人でも多く、埋没している方々と想いを共有し、共感しながら少しでも温かい風がそよぎますようにと、貴光の遺志を抱いて遺された命を有効に生かしたいと願いながら日々懸命に生きています。

そんな時に奥野勝利さんのことを知りました。あなたの曲作りのコンセプトに思考や生き方が貴光と重なるものを感じました。国際感覚を持ち、今の日本の在り方を危惧されての働き掛けであると思いました。すてきな青年が、伸びやかに生きられる世の中であって欲しいと願いながら、私は音楽を通して素敵な方々と出会い、温かい輪を広げています。奥野さんと出会いのきっかけをいただく事になった息子からの手紙が、これから先、私たちに与えられている使命を意味付けしているような気がします。奥野さんのお仕事は、東京がメインなのですか?地方でのお仕事はないのでしょうか?

いつか、ぜひお会いしたいと願っています。私は、11/22から11/24まで、神戸へ参ります。パンフルート奏者、岩田英憲さんのAmbassadorとして、彼のサロンコンサートを企画していただく、チーフと打ち合わせの為に参ります。あなたの事もお話するつもりです。いつか、震災の日に『親愛なる母上様』を歌っていただきたいなと希望しています。突然のmailお許しくださいね。一時も早くあなたと繋がりたいと願い、はやる想いでmailさせていただきました。私がmail出来るのは、この携帯mailです。10000文字入ります。ぜひぜひお返事くださいね。加藤貴光の母・りつこより

(返信)奥野勝利
お母さん。
とてもうれしいメールありがとうございます。実はうしくんの手紙を発見したときに感動と衝撃を覚えたのは僕の方なんです。ご存知のようですが僕は7歳の時に海外に渡りビー球やめんこ、ベーごまやまりなどで遊んでいる思い出のまま30まで生きてきて、日本に帰ってきたのがちょうど4年前です。

変わり 果てた日本にいろんな意味で失望してまた海外に戻ろうかななんて思っていた矢先にうしくんの手紙に出会いました。お金と生活の為にテレビのコマーシャルやドラマの音楽製作なぞやって来ましたが何も満たされず、生きる為に仕事をするのか、仕事をするために生きているのか、なんていろいろ考えてました 。

つい1ヶ月前くらいに人生最大の決断をしました。音楽家として、一人の人間として音楽をしながら放浪の旅に出る事にしたんです。今はその準備で親戚のいる茨城にいます。僕の親も兄弟も海外なので身寄りはおじさんとおばさんのいる茨城だけです。ですので来年には本格的な放浪の旅に出ますので絶対にお会いしたいです。
実は翼の生えたうしくんの手紙を紹介していたブログの方には連絡を入れたんです。

ぜひお母様にもお伝え下さいと頼んでおいたのですが届いていなかった ようですね。連絡がないのでもしかしたら曲を気にってもらえなかったのではないかと少し心配もしていました。それか勝手に息子の手紙を変な曲にしてしまって怒っておられるのかも知れないと削除する事も考えました。けど僕の中で自分の母親にこんな素敵な手紙をかけるうしくんの存在はとても大きくせめてお母様から連絡を頂けるまで置いて置こうと思ってました。

僕も小児喘息でいつ死んでもおかしくないと言われて育ってきましたので看病 をしてくれ、のびのびと育ててくれた親には心から感謝してます。感謝と言う言葉が軽すぎて困るくらいです。うしくんの手紙の言葉の一つ一つがとても心がこもっていて、歌いながら僕は泣いていましたよ。
旅をしながら老人ホームにいってピアノを弾いたり、いろんな話を聞いたり、 声を頂いてラジオで流したり、などいろんな事を考えてます。

うしくんの歌は許可を頂いていないので人前では歌うつもりはありませんでしたがもしもお会いした時に許可を頂ければいろんなところで歌わせてもらえればこんなにうれしい事はありません。

もしも次にコンピューターに向かう事があればぜひ僕のホームページもごらん下さい。http://www.musicastle.comです。
何度かメールでやり取りをさせてもらい仲良くさせて頂けるのであれば来年早 々そちらに伺いそこから放浪の旅を始めさせてもらうかも知れません。実は2歳の時に2年ほど神戸に住んでいたのでいろんな意味で出発の場所としては最適かと思っております。

長々と書いてしまいましたが素敵なちょっとせっかちなクリスマスプレゼント ありがとうございます。音楽家として、人間としてこんなにうれしい事はありません。

携帯電話でメールを打つのは大変な事だとは思いますがお時間があるときにでもお返事頂けると幸いです。

この数日でとたんに冷え込んで来ましたがお体に気を付けてお過ごしください
奥野勝利(おくのまさとし)